断酒15日目:「溺れる人」を観てみた
とあるブログで紹介されていた、随分前のドラマで今は動画で見る事が出来るのだそうで、ずっと観てみようとは思いつつも、なかなかまとまった1時間半という時間を取る事が出来ず、今日まで観るに至らずにいた。
ドラマ - YouTubeドラマ〜溺れる人〜
実際にアルコール依存症になり、そこから立ち直った方が書いた実話を元にしたフィクションだ。
落ち着いて観る時間がなかなか取れないな、と思っていたら今回の怪我。
今日は休みだけど、この顔では出かける気にもならないというもので、「そうだ!こんな時こそあの動画が観られるじゃないか!」と思い至ったわけだ。
昼前には子供達もそれぞれ出かけ、うまい具合にひとりになった。
昼過ぎ、意を決して観始めるも、初っ端から結構重い。
重いと感じたり、苛立ちを感じたり、恐怖を感じたり、そして時に共感というか「理解できる」ような部分もあり。
思わず泣いてしまう場面もあった。
何て言うか
自分はそこまでには至らなかったけれど、そうなっても不思議はないようなことなら幾つもある。
生まれてから今44歳まで生きてきたその中に、そういう事は幾つもあった。
そしてそれはきっと、誰しもなのだろう。
いつ誰がそうなってもおかしくなくて、それは遠い国の話でもなんでもなくて、すぐ隣の話だということ。
自分の後ろに隠れ、息を潜め機会をうかがっている病魔は、いつ牙を剥くか分からないということ。
一生その日が来ないで済むかもしれないし、明日来るかもしれない。
「コレ」というはっきりとした依存症の原因というのは、もしかしたら有って無いようなものなのかもしれない。
状況や環境、幼い頃に感じたもの、体験、背負ったものなどなど、様々な要因が複雑に絡み合って引き起こされることの方が、もしかしたら多いのかもしれない。
「かもしれない」ばかり言うようだが、個人の感想であり確実な事でもなく、推測でしか無いので悪しからずだ。
とても重苦しい気持ちになったことは確かだが、それでも観て良かったと思う。
今日、まるで用意されたかのように時間がポッと出来たことも、なんだか「今日はこれを観なさい」とでも誰かに言われたようで不思議だ。
酒はやめた方がいい。
少なくとも私は、酒をやめた方がいい。
今までは運良く、大きな事が起きなかっただけに過ぎない。
明日は我が身という内容と、迫真の演技。
飲まない事を選んだ私。
飲まない道を歩き始めた私。
0点か100点か、という言葉が胸に刺さった。
0点の人生も100点の人生もない、という言葉が胸に沁みた。
今夜の満月に一言感謝を告げて、また飲まない日々を重ねて行こう。